量子化学計算 -メチルオレンジの吸光スペクトル-
- 3月31日
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可視紫外領域の光の吸収は、材料分野、化学分野、医療など様々な分野の分析で利用されています。一般にこの領域の吸収は、分子内の電子遷移に由来しており、物質の色にも関係しています。可視紫外吸収スペクトルは、もちろん量子化学計算でも解析が可能です。
量子化学計算では、TD-DFT(時間依存密度汎関数法)を用いて励起状態を解析し、励起状態の分子構造や吸収スペクトルを計算します。今回は、pH指示薬として利用されるメチルオレンジの吸収スペクトルを量子化学計算で求め、pHの違いによる色の変化を解析した事例を紹介します。
1.可視・紫外領域(UV-VIS)の光の吸収
光の吸収と電子遷移の概念を示します。図1は、励起・基底状態のポテンシャルエネルギー平面と光の吸収の関係示しています。光の吸収過程は、A→B→C→Dを経て再びAへ戻る過程であらわされます。今、基底状態の最適化構造であるA点で光を吸収し、励起状態のB点に遷移したとします。この時、AとBのエネルギー差(ΔE)が吸収波長となります。やがてBから励起状態の最適化構造であるC点にエネルギー緩和が起こり、基底状態に戻り(D点)、再び基底状態の最適化構造であるA点に戻ります。この過程が紫外・可視領域の光の吸収過程の概略です。

2.量子化学計算による可視・紫外スペクトルの計算
量子化学計算で励起状態の計算をする方法にTD-DFT(時間依存密度汎関数法)があります。この方法は、通常のDFT(密度汎関数法)を光の吸収など光学的な性質を計算するために拡張したもので、光の吸収などを量子化学計算で効率的に計算することが可能です。計算で求めた励起エネルギーと振動子強度から、UV-VISスペクトルを得ることが可能です。
3.メチルオレンジのpH変化による色の変化について
メチルオレンジ(Methyl orange)は、pH滴定などで使用されるpH指示薬で中性ではオレンジ色、酸性になると赤へと変化します。写真1は、メチルオレンジの溶液の中性の場合と酸性の場合の色を示しています。中性のものは、メチルオレンジを純水で希釈し、酸性のものは、pH1程度となるように塩酸を加えて希釈しました。

メチルオレンジは、酸性下でベンゼノイド型から窒素原子がプロトン化してキノイド型へ構造が変化するとされています(図1)。この構造変化が、吸光スペクトルに影響を与え、色が変化すると考えられます。

図2に実際に測定したメチルオレンジの吸光スペクトルを示します。写真1で示した酸性と中性の溶液のスペクトルを吸光光度計で測定しました。メチルオレンジの吸収スペクトルは、中性の場合、450nm付近に大きな吸収がありますが、酸性ではピークが510nm付近にシフトし、吸光度も大きくなることが分かります。

4.量子化学計算によるメチルオレンジの吸収スペクトル解析
pH変化に伴う吸収スペクトルの変化を求めるために、ベンゼノイド型、キノイド型のメチルイエローの吸収スペクトルを量子化学計算で解析します。ベンゼノイド型、キノイド型それぞれを構造最適化した上で、TD-DFT計算を行い、吸収スペクトルを求めました。
図3に量子化学計算で求めたベンゼノイド型、キノイド型のメチルオレンジの吸光スペクトルを示します。キノイド型では、430nm付近に吸収があり、ベンゼノイド型では、360nmと450nm付近にそれぞれ吸収があることが分かります。両者を比較すると最大吸収波長については、キノイド型の方が短波長となっており、実測と逆転していることがわかりました。しかし、ベンゼノイド型では360nm付近に大きな吸ピークが現れ、これがベンゼノイド型でピークが短波長側にシフトする要因となっている可能性が考えられます。しかしながら、実測のピークはブロードであるのに対して、計算による予測では、シャープなピークとなっています。また最大吸収ピークの波長の値は、実測よりも50nm程度低く計算されました。

量子化学計算による予測では、実際のブロードな吸収ピークに対して、シャープなピークとなりました。これは、半値幅をソフトウエアのデフォルト値の20nmで表示したためと考えられます。計算は、ある一つの状態に対する予測になるため、実際は様々な状態や複合的な要因の重ね合わせによってより複雑な現象となっており、これが実際の測定で観測されます。実際の化合物は、立体配座の影響や溶媒の影響、測定系の問題などで、様々なピークの半値幅が広がる要因があることも考慮する必要があります。
そこで今回の計算結果を簡易的な立体配座探索を行い、配座の集合体のスペクトルとなるように改良を行いました。配座探索を行うとベンゼノイド型の短波長側の360nm付近のピークが大きいものの割合が大きいことが分かりました。これらを重ね合わせると2つあるピークの内、短波長側の360nm付近の影響が大きくなることが予測されました。
実測では、測定の影響などもあり半値幅は広くなることが予測されます。半値幅の決定については、計算結果でピークの重なりがなく単独のピークとして存在しているキノイド型の450nm付近のピークの実際の半値幅が100nm程度であることから、今回は100nmとして計算し直しました。結果を図4に示します。

計算結果は、ブロードな吸収となっており、より実測値に近いものとなりました。ベンゼノイド型の吸収波長は、キノイド型に対して短波長側にシフトする様子が確認できます。しかしながら吸収ピーク波長は、実測と異なっており、ピーク形状も実際のものとは異なりました。これらについては、基底関数を含めた計算パラメータの改善などによって改善できる可能性があります。
5.まとめ
今回の計算結果から、可視紫外スペクトルの予測には、立体配座をはじめ様々な影響を考慮する必要があるものの、ある程度の傾向は一致させることができました。今回は、記事のための簡易的な計算でありましたが、基底関数をはじめとする計算のパラメータを再検討することやその他マクロ的な現象を考慮することで、計算と実測をより一致されることも可能であると考えられます。
光の吸収に関する解析結果は、染料、紫外線吸収材、太陽光発電など様々な分野で非常に重要です。量子化学計算では、化学構造からこれらの性質の解析が実験なしで可能です。もちろん最終的に実際の測定は必要ですが、初期の検討段階での解析やスクリーニングなどにも有効であると考えられれます。
検討初期段階の解析からスクリーニングのための計算、実際ラボでの測定や分析まで対応可能ですので、ぜひお気軽にご相談ください。
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