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酵素の失活(2)

  • shiga67
  • 3 時間前
  • 読了時間: 8分

はじめに

酵素の失活について、その原因と対策をまとめた「酵素の失活」に多くのアクセスをいただいております。これは酵素の失活をどう防ぐかについての観点からまとめたものでしたが、逆に酵素の活性をなくしたい、活性がなくなっているかの確認方法を知りたいとのご要望があることが分かりました。ただ、活性が「完全に」失われていることを保証できる測定法はなく、「活性の検出限界」以下という表現でしか議論することはできません。酵素の不活化においては活性がどのレベルまで許容されるかという観点で考える必要があります。今回は、酵素の不活性化についてまとめてみました。


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図1 酵素失活曲線(酵素活性が検出限界以下になる条件)例


酵素活性を失わせる目的

加工品においては品質保持の目的で、含まれる酵素や添加した酵素を不活性化する必要があります。例えば、加工食品に活性が十分に失われていない酵素が含まれていると、保存期間中にその食品の風味が変化する場合があり、酵素活性は影響のない程度以下に失わせる必要があります。加工食品にはその原材料や製造工程で菌が混入しており、保存中の腐敗を抑制するために加熱処理による殺菌が行われています。ほとんどの食品に含まれる酵素は殺菌を目的とした加熱によって活性が失われますが、耐熱性の高い酵素が含まれる場合は、加熱しても活性が失われずに品質が安定しない原因になります。冷蔵保存や凍結保存をすれば、基本的に酵素や菌は働きにくくなるので、食品の保存安定性を高めるためには効果的ですが、保管や流通の面では負荷がかかることになります。水は酵素や菌が働くためには重要で、そのため水を除去した乾燥品で提供される商品も数多くあります。加工食品以外でも酵素を活用して作られている加工品であれば同様です。


酵素の残存活性による製品品質への影響

酵素の残存活性による品質への影響例を以下の表にまとめました。アミラーゼやプロテアーゼは主に食感や製品の状態に影響し、リパーゼは異臭の発生に関与します。

酵素

機能

品質への影響

アミラーゼ

デンプンを分解してデキストランやマルトースに変換する

とろみが失われる、製品が液化する、製麺性が低下する



食感が変わる、風味が変化する



製品が固まらない

プロテアーゼ

タンパク質を分解してペプチドやアミノ酸に変換する

食感が変わる、風味が変化する


肉などの食材を柔らかくする

製品が固まらない、液化する

リパーゼ

脂質を脂肪酸とグリセリン誘導体に分解する

風味が変わる、異臭がする



外観が変化する、不溶物を生じる



乳化状態が不安定になる

セルラーゼ

セルロースをデキストランや糖に分解する

風味が変わる、食感が変わる



製品が液化する、不溶物を生じる



劣化しやすくなる

デンプンを増粘剤に用いている製品にアミラーゼが含まれると、高分子のデンプンが加水分解され分子量が小さくなることで粘度低下を引き起こし品質に影響を与えます。また、プロテアーゼはタンパク質を分解するため、食感が変化し、ペプチドやアミノ酸が生じることにより味や香りにも影響します。リパーゼは発酵食品や野菜に含まれており、脂質を分解することによって生じる脂肪酸は異臭の原因になったり不溶物を生じたりする場合があります。また、リパーゼが乳化剤に混入した場合には乳化状態が壊れて相分離する可能性があります。


酵素の種類と安定性

一般的に、食材に含まれる酵素は常温で活性を示し、高い温度で加熱すると活性が失われていきます。耐熱性酵素を使用していない場合、多くの酵素は調理の工程で一定時間加熱すれば酵素活性は失われます。食品がらみではありませんが最も熱安定性の高い酵素の一つとして知られているのはRNA分解酵素(RNase)で、100℃を超えても活性を保持していて、一般的な滅菌オートクレーブの条件である120℃でも十分に失活させることはできません。そのため、RNAse活性を除くためにはDEPC(ジエチルピロカーボネート:二炭酸ジエチル)と呼ばれる化合物を添加して一晩放置したのち加熱します。DEPCはRNA分解酵素の活性中心にあるヒスチジン基と結合し、加熱によって二酸化炭素とエタノールに分解されて無害化されます。RNA分解酵素の熱安定性は、高熱環境で進化した名残ともいわれていますが、構造的にはジスルフィド結合を多く持っていること、水素結合が多いことなどが考えられますが、確かにそのような構造になっています。逆に言えばジスルフィド結合の少ない酵素は熱による影響を受けやすいということになります。RNA分解酵素は細胞外からのRNAを分解し無毒化する役割を担っていること、また、細胞内のRNAを分解し、過剰なタンパク生産を抑制するために機能していると考えられること、また、体液にも含まれており細胞外でウィルスのRNAを分解し、感染させないようにしていることなどがあげられます。RNA阻害効果のあるタンパク質も細胞内で見つかっており、熱安定性の高いRNA分解酵素の活性制御に一役買っています。

食品がらみで耐熱性の高い酵素はマイタケに含まれるプロテアーゼで重量当たりの酵素活性は高く、至適温度は70℃近辺にあります。その温度で数時間加熱しても残存活性は加熱前の40%程度との報告がありますので、失活させる場合は、それ以上の温度で長時間加熱する必要があります。一概にキノコなどに含まれる酵素が耐熱性であるわけではありませんが、どこで生育しているかによって耐熱性は大きく変わります。加工食品を作るにあたりどの酵素をどの程度使うかについても考慮する必要があるかもしれません。


酵素を失活させる方法

加熱

多くの加工食品メーカーでは、殺菌を目的として加熱処理が行われます。菌はD値(微生物を殺菌して菌数が減っていく際に、元の菌数の1/10の菌数になるために必要な時間)とZ値(D値を1/10にするのに必要な温度)より菌ごとの加熱温度と時間を管理しており、必要な加熱温度と時間を設定して滅菌し保存することが可能で、特定の菌のデータを活用することができます。酵素の場合も失活させるためには高温で長時間の加熱が効果的ですが、温度が高すぎたり時間を必要以上に長くすると、加工食品で糖とタンパク質による反応が起き食品劣化につながる可能性があります。そのため、品質への影響が少ない温度と時間で加熱することが重要になってきます。加えて工程管理や処理数、原価に及ぼす影響などを考慮して最適な方法が決まります。設定した加熱条件が妥当かどうかについては、残存酵素活性を求めることで判断できます。酵素の活性がどれくらいまで下がれば加工食品の品質に影響しないかは指標として持っておく必要がありますが、酵素の加熱温度と活性の変化を測定することで、指標と照らし合わせて加工食品の風味を損なわない加熱温度と加熱時間を設定することが可能と考えられます。


pH変化

酵素には反応がうまく進行する至適pHがあります。至適pHが6~7であればpHを4程度まで下げることで酵素の機能を抑制することができます。ただし失活させることは難しいため、pHによる制御は加熱処理後にわずかに残る酵素活性を抑えるための手段としては有効です。pHを制御するには食品添加物のクエン酸、酢酸、酒石酸、リンゴ酸などの有機酸を使用することができますが、それぞれに風味が異なり、pH調製以外の機能もあるため、どれを選択するかは加工食品によって異なります。


有機溶媒

エタノール添加によりタンパクの構造が変化し活性が失われる場合があります。エタノールなどの有機溶媒はタンパク質の水素結合を弱める効果があり、高次構造や二次構造が壊れ酵素として機能しなくなるためです。酵素の構造を壊すためには高濃度エタノール溶液とする必要があり、食品でその濃度で使用できるケースはあまり多くないと思われます。また、タンパク質が不溶化する場合もありますので注意が必要です。


食塩

塩濃度を高くすることで、エタノールと同様に静電的に保持されている高次構造を壊すことにより酵素の活性を抑えることは可能です。ただし、塩が抜けると酵素活性は復活する可能性が高く、加工食品としては食塩を一定量加えたもので活用できる食品は限られます。これもpH同様に、残存酵素活性を抑制するために用いられる方法の一つです。


乾燥

凍結乾燥が可能な加工食品の場合、酵素活性はほぼ抑制することが可能ですが、この方法は酵素を失活させる訳ではなく、酵素が働くための場所となる水を除くことになるため、結果的に酵素反応が進まなくなります。水を加えれば含まれる酵素のいくつかは再び活性を持つことになります。凍結乾燥技術は高度に発展してきており、食材の風味や食感を保持した加工食品が数多く開発されています。室温で保存可能であること、重量や嵩が少なくなるため、輸送時の労力低減につながります。


おわりに

酵素は生命が発生する前から存在しており、生命の発生に伴って生命体の中で進化してきた結果として、現在地球上に存在する生命体は原生生物、菌、植物、動物です。生命を保持し継続させるために必要な材料や酵素は有機物として地球上にすべて揃っていて、私たちはそれらを非常にうまく活用しています。私たちが摂取する食べ物も酵素によって生命体の中で作られます。当たり前に食べている食品は長い進化の過程で摂取できるようになったものです。自然が作るものをそのまま、あるいは調理して食べることに加え、酵素を利用しておいしく健康的な食品を作る技術を生み出し、また、さらには体に良いとされる食品から機能する成分を取り出して機能性食品や機能製剤を作り、付加価値を持つ新たな食品が次々と開発されています。動物を使った試験だけでなく、ヒト介入試験も行われており、健康長寿に寄与するものが現れることは期待できるかもしれません。口から入るものの安全は何物にも勝るものなので、安心できる水や食品が変わらず供給されるようにしたいものです。


酵素活性のページでは酵素について、詳しい解説や酵素の応用分野、酵素の働きを測定する酵素活性分析について説明しています。ぜひご覧ください。


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