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酵素の失活


失活のイメージ:構造変化、凝集、不溶化


はじめに

タンパク質は多数のアミノ酸が連なり、それが折りたたまれ集合体を作ってさまざまな機能を発揮します。酵素もタンパク質の一つで生命維持に必要な化学反応を触媒します。酵素としての機能を発揮するには、数百分子のアミノ酸重合体が正しく折りたたまれ、複合体を形成する酵素は折りたたまれたアミノ酸重合体が正しい位置や方向で接合する必要があります。また、活性中心に特定の金属を持つことで活性を示す酵素もあります。そのような構造によって機能を発揮する酵素は、RNAseのような失活しにくい酵素を除いて一般的に不安定であると考えられています。ここでは酵素が活性を失う仕組みと失活させないための工夫についてまとめました。


酵素の構造と機能発現

酵素はタンパク質の一種で水系での反応を触媒する機能を持っています。反応の選択性は酵素によって異なり、厳密に分子構造を認識して反応するものや、大まかな分子構造を認識してその中の特定な部位で反応するものがあり、その役割は水分子を使った分解(加水分解)や、二つの分子から一つの水分子を取り除いて結合させる反応を基本としています。アミノ酸はカルボキシル基やアミノ基、スルフヒドリル基、水酸基、フェニル基、短鎖アルキル基、グアニジノ基、イミダゾール基などを側鎖構造に持ち、イオン結合や水素結合、疎水結合などの電気的、静電気的な相互作用によって、直鎖構造のアミノ酸の連なりは折りたたまれて立体的な構造を持つタンパク質となります。その構造で活性を示すタンパク質もありますが、単一のタンパク質が複数個で集合体を作り機能を発揮する酵素、構造の中に亜鉛や銅、鉄、マンガンなどの金属を取り込んで活性を示す酵素もあります。酵素が活性を持つためには、このような三次元構造や高次構造をとることが必要で、細胞においては折りたたみに失敗したタンパク質は分解除去されるか、修復されることで細胞の機能を維持する仕組みが働きます。一方、存在していた場所から分離、単離された酵素はさまざまな原因で活性を失います。取り出されただけで活性を失う酵素もありますので取り出し方にも工夫が求められます。


酵素失活の仕組み

熱による失活

多くの酵素は加熱によって活性が失われます。加熱によって酵素周辺の水分子の動きが激しくなると、それに伴って酵素分子も激しく振動します。その振動によって高次構造を支えている分子内の電気的、静電的つながりが外れて構造が変化すると活性は失われていきますが、温度が下がって元の構造に戻る場合には活性は復活します。一方、温度が下がっても複合体が形成できなかったり、酵素の活性にかかわる部分やその周辺の構造が元に戻らないと活性は失われますが、その温度は酵素によって大きく異なります。また、加熱したのち常温に戻すと活性を保持している酵素があります。これは耐熱性酵素と呼ばれ、その酵素活性は残存活性と呼ばれます。40℃程度でも活性が失われる酵素と80℃でも活性を維持している同一機能を持つ酵素は構造的にはかなり異なると思われますが、水素結合が数個程度、また疎水結合が数個程度違うくらいの構造の差とされています。したがって、一次構造の中のアミノ酸を複数個変えるだけで熱安定性を向上させることが可能と考えられます。


反応性物質などによる失活

タンパク質を構成するアミノ酸は様々な官能基を持っており、その官能基の反応性が高いとさまざまな化学物質による影響を受けます。例えば、アミノ基を持つリジンは求電子剤によって攻撃を受け共有結合を形成します。そのため、一旦反応が起きると一次構造が変化したままとなり、それによって高次構造も変化します。化学反応による活性の変化はタンパク質によって異なり、攻撃を受けても活性を維持できる酵素も存在します。しかしながら、酵素の触媒反応に関わるアミノ基の官能基が攻撃されると活性を失うことになります。そのほか、活性酸素などによっても攻撃を受けてカルボニルタンパク質と呼ばれる構造が生じます。これもタンパク質を不活性化させる原因の一つです。そのほか、活性中心に金属を持つ酵素の場合、EDTAなどのキレート剤によって金属が除去されると活性を失う原因となります。紫外線や放射線によってもタンパク質の一次結合が切断され活性が失われます。これは放射線によりきわめて反応性の高いヒドロキシラジカルを生じるためで、これによりタンパク質分子が切断されます。また、プロテアーゼなどの酵素によってもタンパク質の一次構造が切断され酵素の活性が失われます。


凍結、乾燥による失活

水分子は酵素の反応においてもその構造を維持するためにも不可欠です。タンパク質にはその構造の中に水分子が入り込んでいて、乾燥によって一部の水分子が失われると高次構造が変化し活性が失われる場合があります。一般に、多くのタンパク質は凍結乾燥で水を除去し、固体としておくと長期間保存させることが可能ですが、凍結の際に活性が失われるタンパク質もあります。凍結で不活性化する理由は、水が氷の結晶となって溶液から除かれることでタンパク質や含まれる成分が濃縮され、タンパク質の環境が変化しサブユニットからなる高次構造が破壊されることなどがあげられます。また、低温で起きるpH変化も原因の一つです。それら構造変化により、再度水を加えても元の構造には戻らず活性が失われます。酵素ではありませんが、フィコプロテインなどの蛍光タンパクなどは凍結不可とされており、凍結すると色は保持されているものの蛍光が失われます。凍結の際の構造変化によって蛍光性が失われたものと考えられます。


酵素を失活させないための工夫

溶液状態での保管

以上のことから、溶液状態の酵素を失活させないようにするために取るべき手段が見えてきます。一つは低温で保存することで、高次構造を保ちやすくなることと、混入している成分による分解反応の反応速度を低下させることができるため、室温よりは安定な状態を維持することができます。さらに-20℃程度で溶液状態で保存するために50%グリセロール溶液とする場合があります。また、酸化反応を抑制するために、鉄などの金属イオンを除くことと、酸素もできるだけ除くこと、保管するにあたり酸素や光を透過させない容器を使用することなどが考えられます。また、溶液状態で起きるのは容器との接触による失活です。タンパク質の表面荷電を通して容器の表面に接触することによって接触面からタンパク質の高次構造が破壊され失活する場合があります。また、低濃度の酵素液の場合は、容器の表面に酵素が吸着することで溶液中の酵素量が減少し、酵素を使った分析において数値が低下することになります。それらを防ぐために、BSA(牛血清アルブミン)などのタンパク質を添加して壁面を被覆し、酵素の吸着を抑制する方法がとられます。溶液の凍結保存も実施されますが、凍結融解を繰り返さないことが重要で、凍結保存する場合には小分けして解凍したあとは使い切ることが必要です。


凍結乾燥状態での保管

凍結乾燥保存だと溶液状態よりも安定と考えられますが、それでも室温保存ではなく冷蔵や冷凍保存が推奨されています。これは、凍結乾燥状態でもわずかな量の水が存在していること、酵素は結晶ではなくアモルファス状態なので流動性があることにより、水や酸素が関わる反応が生じる可能性があるためです。凍結乾燥においては、酵素の失活を防ぐためにスクロースなどの糖類やグリシンなどのアミノ酸類が添加されます。これらの添加により凍結時および乾燥時の酵素の高次構造を維持する効果があることが知られています。また、凍結乾燥後は、真空状態を保っておくと酸化を防ぐことができます。あるいは凍結乾燥後に減圧を解除する際に、窒素などの不活性ガスを充てんすることも可能です。


おわりに

酵素は生命の誕生の前から地球上に存在していたと思われますが、生命体となる前の構造の中に酵素が入り込むことによって原始生命が生まれ、酵素はその原始生命の中で効率的に働くことが求められるようになります。最初はおそらく厳しい地球環境で熱に強かった酵素が、生命体が存在する環境の変化に伴って、さらに効率的に働くように長い時間をかけて構造が変化し、活動エリアが常温域で拡大した結果として耐熱性を失っていったとも考えられます。地球上で起きた温度の変化を含む環境の変化に適応できたものが、今、目にしている生物なので、急激な気温上昇が生物をどう変化させるのか、また、地球温暖化に歯止めがかからず地球の表面温度が百度近い環境になっていった場合、どのような生物が地球で生存しているでしょうか。耐熱性の原始生命体が生存していることは想像できますが、高度な知識を持つ生命体も生存しているかもしれません。想像すると興味深いのですが、今は、そうならないように温暖化を抑止するための取り組みが必要です。

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