金属含有タンパク質ーヘモグロビン
- shiga67
- 7月4日
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更新日:7月7日
はじめに
生体には数多くのタンパク質があり、酵素として働くもの、構造体として働くもの、輸送体として働くものなど、その働き方は多様です。多くは、触媒機能を持つ酵素として生体の活動を支えており、そのタンパク質には様々な金属を含むものが数多く見られます。金属タンパク質の代表的なものはヘモグロビンで、タンパク質構造に鉄が配位したヘムを含み、酸素の供給に必須なタンパク質です。今回は、ヘモグロビンを取り上げます。
金属タンパクの分類
人体に含まれる必須金属には鉄(Fe)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、セレン(Se)*、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、モリブデン(Mo)、ニッケル(Ni)があります。そのほか、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)*、鉛(Pb)、水銀(Hg)、スズ(Sn)、コバルト(Co)、バナジウム(V)、バリウム(Ba)、ヒ素(As)*、ストロンチウム(Sr)、ルビジウム(Rb)などが検出され、この中にはpptレベルの極微量で高い毒性を示すものもあります(*は非金属に分類)。金属タンパク質は必須金属を含有しており、その金属と交換する金属が体内に取り込まれると、酵素活性を阻害する方向に働いて、その結果毒性を生じることになります。表1に各金属を含むタンパク質を分類しました。
表1 金属含有タンパク質
金属 | 名称 | 機能 | 存在場所 |
鉄(Fe) | ヘモグロビン | 酸素、二酸化炭素輸送 | 赤血球 |
ミオグロビン | 酸素の貯留 | 筋肉内 | |
フェリチン | 鉄の貯留 | 肝臓、脾臓、骨髄 | |
トランスフェリン | 鉄の体内輸送 | 血液中 | |
シトクロム | エネルギー産生 | 細胞内 | |
シトクロムP450 | 分子代謝(解毒、脂肪酸、ステロイド、ビタミンA等) | 細胞内 | |
ペルオキシダーゼ | 過酸化水素分解 | 組織、細胞内 | |
カタラーゼ | 過酸化水素分解 | 組織、細胞内 | |
リボヌクレオチド還元酵素 | デオキシリボヌクレオチド合成 | 細胞内 | |
銅(Cu) | ヘモシアニン | 酸素、二酸化炭素輸送 | リンパ液中(軟体動物、節足動物) |
ラッカーゼ | フェノール類酸化、リグニン分解など | 樹液(ウルシなど)、昆虫体液、キノコ類 | |
チロシナーゼ | メラニン色素生合成 | メラノサイト | |
アスコルビン酸酸化酵素 | アスコルビン酸酸化分解 | 植物(野菜、果実など) | |
亜硝酸還元酵素 | 亜硝酸イオンの一酸化窒素還元など | 菌類 | |
スーパーオキサイドディスムターゼ(銅、亜鉛) | スーパーオキサイド分解 | 生物全般 | |
銅シャペロン | 銅イオンの銅タンパク質への輸送 | 生物全般 | |
銅含有モノオキシゲナーゼ | ドーパミン(神経伝達物質)やペプチドホルモンの酸化的変換反応,および多糖類の酸化的分解反応 | 微生物等 | |
プラストシアニン | 光合成における電子伝達反応 | 葉緑体 | |
亜鉛(Zn) | アルコール脱水素酵素 | アルコールの酸化 | 哺乳類肝臓等 |
アルカリホスファターゼ | リンエステルの加水分解 | 血液、臓器 | |
スーパーオキサイドディスムターゼ(銅、亜鉛) | スーパーオキサイド分解 | ミトコンドリア | |
炭酸脱水素酵素 | 二酸化炭素と水を炭酸水素イオンと水素イオンに変換 | 生物全般 | |
アスパラギン酸カルバモイル転移酵素 | ヌクレオチド合成 | 生物全般 | |
ピルビン酸カルボキシラーゼ | グルコース新生 | 生物全般 | |
マンガン(Mn) | スーパーオキサイドディスムターゼ(マンガン) | スーパーオキサイド分解 | ミトコンドリア |
カタラーゼ(マンガン) | 過酸化水素分解分解 | 原生生物 | |
酸素発生錯体 | 光合成における酸素発生 | 葉緑体 | |
セレン(Se) | グルタチオンペルオキシダーゼ | グルタチオン酸化 | 細胞内 |
セレノプロテインP | セレン輸送 | 血液、肝臓 | |
チオレドキシンリダクターゼ | チオレドキシン還元 | 細胞内 | |
モリブデン(Mb) | キサンチンオキシダーゼ | プリン代謝 | 生物全般 |
硝酸還元酵素 | 窒素代謝 | 植物、微生物 | |
ニッケル(Ni) | ウレアーゼ(ニッケル) | 尿素加水分解 | 植物、微生物 |
ヒドロゲナーゼ(ニッケル、鉄) | 水素分解、合成 | 微生物 | |
メチルマロニルCoA反転酵素 | プロピオン酸、分岐鎖アミノ酸代謝 | 細胞内 |
呼吸に必須なタンパク質
植物や嫌気性菌類、特殊環境にいる生物を除き、ほとんどの地球上の生物は酸素を取り込んでエネルギーを生み出します。そのため、体には酸素を取り込んで組織にいきわたらせるための仕組みが備わっています。その仕組みにおいて、酸素を運ぶ役割を担っているのがヘモグロビンやヘモシアニンです。
ヘモグロビン、ミオグロビン
私たちの体の中で最も大量に存在する鉄タンパク質はヘモグロビンで、赤血球に含まれています。ヘモグロビンは鉄を配位したポルフィリン骨格にカルボキシル基を持つ「ヘム」と呼ばれる分子に「グロビン」と呼ばれるたんぱく質が結合した構造体で、赤血球重量の30~35%と極めて高濃度に存在しています。鉄はポルフィリン環の窒素に配位し、ポルフィリン環平面に対して垂直の方向に位置するヒスチジンの窒素が配位しており、その反対側に酸素分子が配位した構造となります(図1)。成人のヘモグロビンはαグロビン二つとβグロビン二つの4つのサブユニットから構成され、酸素分子が一つのヘムに結合すると、ヘモグロビンの高次構造が変化し、そのほかのヘムへの酸素分子の結合速度が二桁以上亢進することが知られています。

図1 オキシヘモグロビンの酸素配位ポルフィリン鉄構造
ヘモグロビンの分子量は約64,500、血液1リットル中のヘモグロビン量は150 g、成人で5リットルの血液が流れているとした場合、血液中のヘモグロビン分子数は7x10^21個で、それに酸素分子が4個結合することができますが、酸素分圧によって結合する酸素分子は変わります。ミオグロビンにも鉄が含まれており酸素分子と結合します。ミオグロビンは一つのヘムと一つのグロビン分子が結合した構造体で、ミオグロビンは筋肉に存在して酸素貯留の役割を担っています。ヘモグロビンとの違いは、酸素との結合力が強いことで、通常の酸素濃度では酸素を放出せず、酸素濃度が低下していくと、ある段階から酸素を放出するようになります。そのため血液からの酸素が不足するような状況になった場合に酸素を筋肉に供給し始めます。クジラやイルカなど肺呼吸する生物の筋肉には海洋で効果的に活動するためにミオグロビンが多く含まれています。ミオグロビンは筋損傷によって血液や尿に放出されるため、心筋や骨格筋損傷の診断の指標として用いられます。
ヘモシアニン
軟体動物や節足動物の血液に含まれるヘモシアニンは、ヘモグロビン同様に酸素と二酸化炭素を運ぶ機能を持つタンパク質で、体内に酸素を運び二酸化炭素を放出する役割を担っています。ヘモシアニンはその名前の通り、酸素と結合すると青色の構造体となります。ヘモシアニンはヘモグロビンが誕生するよりもはるか以前に生まれたタンパク質で三分子のヒスチジンが銅に配位し、その対構造が銅を介して酸素分子と結合する構造をとっています(図2)。ポルフィリン環構造で鉄をがっちり配位しているのに対し、銅は比較的緩めの構造で配位していますので、ポルフィリンは、このヘモシアニンの配位構造が変化した分子のように見えます。

図2 ヘモシアニンの鉄錯体構造
地球の空気中の酸素濃度が上昇するにつれて、ヘモシアニンは酸素から生体を防御する役割から、体に酸素を届ける役割となり、進化の過程においてヘモグロビンを持つ種が現れ、血管を循環する血液を通して酸素を運搬するようになります。一方、ヘモシアニンを持つ生物は、イカやタコなどの軟体動物、昆虫や甲殻類などの節足動物などですが、異なる循環システムを持っています。昆虫には毛細血管はなく開放血管系で、心臓によって動脈から出た体液が組織を循環し、静脈に戻ることで酸素運搬と老廃物運搬の役割を担っており、軟体動物はヒトと同様に閉鎖血管系を通して酸素のやり取りを行っています。ただ、イカやタコには心臓が3つあり、一つは体に体液を循環させるための心臓、二つは左右の鰓の根元にあり、鰓からの酸素を効率的に取り込むためのもので、筋肉量が多いことでそのような仕組みができたものと考えられているようです。ヘモシアニンは巨大構造体であり、分子量は380万の円柱構造をしています。ヘモグロビンが赤血球中に存在しているのに対してヘモシアニンは体液に分散しています。
おわりに
赤血球はヒトやその他の脊椎動物が持つ酸素運搬体ですが、哺乳類を除いて核を持っています。進化の過程で酸素運搬や二酸化炭素の排出において、その生物にとって最も効果的な形になったと考えられますが、核がないことで代謝が極限まで抑制されることや、核がない分ヘモグロビン含量を上げることができる、赤血球の形態が柔軟となり毛細血管を通り抜けることが可能など、さまざまな理由が挙げられています。逆に哺乳類以外のトリや魚類、爬虫類の赤血球には核があることを考えると、彼らにとって不利な状況にあるように見えますが、核があることによって、個としての彼らが生存している環境に対する適応力や種としての生存能力が高いことが考えられます。生命の進化は、その環境によって変化するため、哺乳類が出現したあとに生存に有利になるように脱核した赤血球となった、レトロウィルス取り込みにより胎盤ができ同時に(あるいは、より高機能のレトロウィルス取り込みにより)赤血球が脱殻した、など、さまざまな原因があると思いますが、生存にプラスに働いたことは間違いないと考えられます。
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